夕方の電話

夕方、施設から電話があった。

Aさんの点滴を止めたと言う。

私は、あ~これであと数日なのか……と涙が込み上げた。

 

「それでですね、お昼過ぎにゼリーを召し上がったので、このまま暫く口から栄養を取って頂こうと思ってます」

 

……ん?

…………んん???

 

なんか、だいじょぶそうですな……うん……。

 

とはいえ高齢者。

そして終末期であることは確実で、急変することもあるので大喜びはできない。

まあ、それが明日か数日後かひと月後かもっと先かはわからないよっていう……ね。

 

安心していいんだか良く分からない、ちょっと気が抜けてしまった夕方でした。

 

人を看取るということ

つい気になって色々調べちゃう。

 

近年では自宅で最期を看取られるご家族が増えつつあるようです。

乳がんで闘病されていた小林麻央さんも、ご自宅でご家族に見守られての旅立ちだったようですね。

今朝ゴミを出しに行ったら、近所のばば様方に捕ま……声を掛けられ、長い井戸端会議に参加させられました(苦笑

その会議中、「最期は家で死にたいわ~」とおっしゃる方がみえました。

 

ばば様1「病院で苦しい思いして死ぬのは嫌やわ。もうあかんってなったら、退院させてもろて家でそっとしといて欲しいなぁ」

ばば様2「うちは嫁が“面倒やから帰さんとって”って言うわ、絶対(笑」

ばば様3「うちもやわ。嫁も娘も看護師やのに、“ばあちゃん、介護大変やからコロッと逝ってな”って言うとった」

私「あはは……あははー……」

 

ネット上では『幸せな最期』みたいな感じで在宅看取りの記事がいっぱいあるのに、それをいざ自分ができるかどうかは別の話なんですよね。

3ばば様は皆さんお元気で、まだまだそんな心配は先だと思います。

だから家族もちょっと辛辣気味なこと言っちゃうんだよ、たぶん。自信ないけど。

 

母は入院中ずっと家に帰りたがっておりました。

腹水が溜まって苦しいのは自分なのに、すぐ処置して頂ける病院より、苦しくてもいいから家に居たい、と。

ドクターに相談し、退院の許可を貰い自宅に帰って来た翌日、状態が急変して大慌てで救急車を呼びました。

母は意識が戻ってそこが病室だと分かると、悲しそうな顔をしたのを覚えています。

それからひと月ほど病院で過ごし、亡くなりました。

 

看取りについて調べるうち、「母も自宅で看取ってやることができたんじゃないだろうか」と思ったりします。

母はまだ介護認定を受けていませんでしたし、お世話するのは主に私。

姉もこの時期は実家に戻って来ておりましたが、小さい姪もいましたし、母の看護だけに時間を取ることは難しく。

兄は週末ごとに帰省してましたが、仕事が忙しい時期と重なり、無理を言うわけにもいかず。

そんな状況でも、やっぱり在宅看取りの道はあったんじゃないだろうかと、今更ながら思うのです。

もちろん、理想論だけでは成り立たないことも十分わかっているのですが、それでも家で!という家族の強い想いで在宅看取りを行われたブログ記事等を読むたび、もっと母にしてやれたことがあったんじゃないのかと、思うのです。

余命宣告は受けていました。

これ以上の治療をしても、完治は難しいだろうと。

母の命の終わりがすぐそこまで来ていることを、私たちは素直に受け入れることができず、万に一つ、億に一つ、あるかないか、分からない奇跡にしがみ付いて、出来る限りの治療をお願いしました。

それが本当に母の為だったのか?

母を苦しめただけじゃんじゃないだろうか?

治療がもうできないなら、自宅でゆっくり過ごせる環境づくりが私たちのやるべきことだったのでは?

……なんて、本当に今更で、全ては遅いのですが、そんなことを思ってしまうのです。

 

そして3ばば会議に戻る。

 

ばば様1「そう言えば去年亡くなった〇〇さんとこのおばあさん。あの人はえぇ死に方しなさったなぁ」

ばば様2「せやったなぁ。デイサービスもヘルパーさんも使わんと、自分のことは自分でちゃんとやって、死ぬ直前まで自分でトイレも行っとったって。あー疲れた、って言いながら部屋に戻って来て、布団に入ったらすーっと息が止まったってお孫さんに聞いたわ」

ばば様3「見送り行ったけど、ほんま綺麗でえぇ顔しとったわ。声掛けたら“はいはい”って起きそうやなってみんなで言うとったんよ。私もあんな死に方したいわぁ」

私「あはは……あははー……」

 

その方のことは私もよく知ってます。

幼馴染のおばあちゃんでした。

25年くらい前、お嫁さん(幼馴染みのお母さん)が脳に菌が入ったとかで認知症のような状態になってしまい、ずっとお姑さんであるおばあちゃんがお世話されていたんです。

夫のご両親、夫、そしてお嫁さん……と、考えてみたらそのおばあちゃんはずっと、
家族の介護をしてきた人なんですよ。いわば介護のプロ?プロ介護士

昔は介護の資格もなかったし、もちろん介護サービスもない。
ネットで情報を仕入れることもできないんですよ?

そんな時代に自宅で一生懸命家族のお世話をし、最期を看取られたと聞いたことがあります。(あ、お嫁さんは今もお元気でいらっしゃいますけどね!)

そんな凄いおばあちゃんは、自分の介護は必要ないとギリギリまで自分で動き、最後の言葉が「あー疲れた」だった、と。

ほんと、お疲れ様でした。

 

ばば様会議はその後も老人会のイベントやら嫁の愚痴やら孫自慢やらをループし、私はタイマーを掛けていたスマホが鳴ったので「あ、電話だ!」と言って離脱(苦笑)。

 

Aさんの看取りを施設でお願いすることに決め、ここ数日気持ちが沈んでおりました。

我が家に連れて来ることは無理だし、自宅へ返すことも難しい。

家に連れて来て、私が介護できる? 否。

誰もいない自宅へ返して、Aさん一人で過ごせる? 否。

無理だという理由をいくつも見つけて、

「仕方ないよね!」

と自分の判断を納得させて、また不安になって、の繰り返しでした。

後悔はたぶんずっと残るでしょう。

これで良かったんだと完全に納得することは、たぶん、私には出来ないと思う。

その後悔を抱えていくことが、私がしなきゃいけない覚悟かなぁと思います。

 

午前中、Aさんの面会に行ってきました。

起きてた!目、開いてた!びっくり!てか、元気じゃーん!!!(笑)

麻痺のない方の手をぱたぱた動かして、声を掛けたら偶然か聞こえてるのか、何度か頷いてもくれました。

ここ数年、ずっと無反応だったのにー。

ちょっと嬉しくなって、あれこれ話しかけて、もしかするともうこんな機会ないかもしれないからと思って、これ言っちゃうとマズイかなってことも色々お話して、「大丈夫だからね、何も心配しなくていいから安心してね」と繰り返し言って、やっぱり今日も自分の偽善者っぷりが嫌だなと思いつつ、でも本音でもあり、うんうん、と、反射的に動いただけかもしれないのを勝手に頷いてくれたって解釈し、ほっとした気持ちで部屋を後にしました。

手をね、握ってくれたんですよ。

弱い力だけど、なんか気付いたらイケナイ茶系の汚れもあったけど(苦笑)、手の甲を擦ってたらその手を振り払うようにされて、一瞬「あ、やっぱ嫌われてる……」ってショックだったんだけど、その手が私の指を纏めてぎゅって、握ってくれました。

おいおいどうしたーってびっくりしました。

ひんやりと冷たい手に泣きそうになったけど、笑って言いました。

「大丈夫、安心して!」

そしたら、Aさんが「あ゛~」って声を出してまたびっくり。

え、喋れるん???って。

Aさんの声を聞いたのは何年振りだろう。

私の名前を呼んでくれた記憶が蘇って、ぶわって泣いちゃった。

くぅ、我慢してたのに!

 

面倒だーとか、嫌だーとか、でもしょうがないしーとか、マイナスな感情はなくなってはないけど、Aさんが元気だった頃、可愛がってくれて嬉しかったなという気持ちもやっぱりあって、だから余計気持ちは複雑でぐちゃぐちゃなんだけど、もう少し、あと少し、その細く小さな身体の中にある火が静かに消えていくのを、見守っていかなきゃなーって、そんな気持ちになりました。

 

帰宅後。

今朝会議に参加してたばば様の一人が私の帰宅を待ち構えておりました。

他の人には話せないという、嫁と孫の愚痴を言うために(苦笑)。

ま、いいんですけどね!
Aさんも落ち着いたから、暫く面会はいいからゆっくりしてねって施設の人に言われたからね!(逆に怖いけど。“その時”のために休んでおけって言われたと思うのは考え過ぎ?)

ばば様、どうやら自慢のお孫さんに「ばーちゃん邪魔!」と言われたのを気に病んでる様子。

キッチンで食事の支度をしようと思ったら、お孫さんが先に何か作ってたみたい。

そこへ、ばば様が近寄った、と。

ばば様は家の中でも杖使ってるし、ぶつかったら危ないからじゃなーい?って、言ったんだけど……。

どこでもそうだと思うけど朝のキッチンと洗面所は戦場ですよ。
そんなところにね、よろよろ歩いて近寄っちゃいかんて。

そこの家もちょっと複雑で、ばば様の息子さんが早くに亡くなってしまい、お嫁さんと孫三人で暮らしてたんだけど、十年以上前にお嫁さんと女の子のお孫さん二人が家を出て別の所で暮らし始めたのね。

お嫁さんの職場とかお孫さんの学校が遠いからとか、たしかそんな理由で。
まあ、本当の理由は別だと思うけど(苦笑)。

一人残ったお孫さんは男の子だったんだけど、そのお孫さんもしばらくしたら家を出てしまい、ばば様は八年くらい独居だったわけですよ。

一年前に男のお孫さんが戻って来て、半年前にお嫁さんと女のお孫さん二人が戻って来て、口では「帰って来んでもええのに。気軽な一人暮らしが台無しや~」とか言ってたけどさ、やっぱばば様もまたみんなで暮らせることになって嬉しかったと思うんだ。

ところがですよ。

嫁と孫はばば様に冷たい(苦笑)。めっちゃ冷たい。
他人の私でも分かるくらいだから、ばば様には相当冷たく感じるのだと思います。

他のばば様の前ではにこにこ孫自慢してたけど、本当は違うんだよぅぅぅって苦しかったんだなぁ、きっと。

見栄張りは地元の文化ですからね!(笑)

で、30分くらい家でお茶飲みながら喋って、すっきりしたばば様は

「また来るわ」

と言い残して帰って行きましたとさ。

 

残念だけど多分、このばば様の看取りは自宅以外だろうなぁ……。

 

もしもの時の準備

姉から電話がかかって来て、

「そう言えばAさん(※)のお葬式どうするの?」

と言うので、

「何も考えとらんよ」

って返した。

 

※私が嫌々渋々泣き泣きお世話している親戚の人のこと。以降、『Aさん』とします。

 

でも本当は、先日施設から電話があって慌てて準備を始めてます。

まだ生きてるし、姉の話だと「元気そう」だけど、私は今日面会に行かなかったから状態は分かりません。

 

どこかの葬儀社の互助会に入ってる、と母が生前言ってた気がする。

その記憶を頼りに近隣の葬儀社に電話すると、一件目でヒットした。

どうやら本人も準備してくれてたようでホッとした。

 

軽く事情を説明し、本人から見るとかなり遠い親戚だけど、互助会員の券(?)は使えるらしい。
証書の現物ないって言ったら、大丈夫ですってコード番号を伝えられた。

え、こんな対応でいいの?ってちょっと心配になった。

私が悪い人だったらどうすんの、と。

まあ、葬儀社の互助会証書をどう悪用するんだって話だけども。

 

式内容は第一希望は直葬だけど、互助会まで入ってるんだからそれは本人も希望してないだろうな。

ということで、一番シンプルなプランをお願いした。

近年増えて来た家族葬です。

ところが、その一番シンプルなプラン=低料金ではないと判明。

私は、互助会で本人が掛けた分+20~30万で考えてました。甘かった。

概算で+70万て言われたので、慌てて待ったを掛けました。

おそらく、親戚に連絡すれば「最後くらいは見送ってやるかー」的な人もいると思います。

縁を切るとはっきりおっしゃったお家には連絡するつもりはないですが、横の繋がりもあるので、正直参列者がどのくらいになるかは不明です。

家族葬プランだと15~20人前後までなら対応できますと言われたけど、たぶん最高4人で、都合がつかない場合は私一人の見送りになると思うのです。

それを考えると、二日も三日もかかる葬儀は私の負担が大きすぎる。

最後の見送りなんだからと言う人もいるだろうが、無理。ほんとごめんだけど無理だから。

なので通夜を省き、告別式だけでお願いしたいと思っています。

菩提寺にも連絡したら、「ご事情もあるでしょうから」と一応は引き受けて貰えることになった。

後でご事情=お金のことだと気が付き、うわ恥ずかしい! と思ったけど、まあ間違いでもないからそのままにしておくことにした。

ついでに葬儀のお布施も訊ねた。失礼ついでだし。

葬儀以降のことも相談に乗って下さって、これまで面倒だ~~~と思いながらもお寺への挨拶を続けて良かったとちょっと思いました。全部片付いたらどかんとお布施したいです。できれば。

 

葬儀社は決めた。

お迎えも県外の施設だと言ったら追加料金は掛かるが可能。

自宅には安置できないけど、自宅横を通って式場へ向かって欲しいという希望も伝えた。

見積もりは一番低料金プランと、もう一つ上のランクのプランをこちらの予算内で組めないかお願いしてみた。かなり無茶言った。無理なら……しょうがない。直葬にしよ。

お寺さんにも「もしもの時はお願いします」と頼んでおいた。

昨日お彼岸でお墓参りした時にもお願いしといた。しつこいな、私。

ついでってわけじゃないけど、例の草木でトラブルになったセカンドハウス的な小屋、のご近所の方とお寺でお会いしたので、「最近具合悪くて……」と薄ら話しておいた。

仲が良かったかどうかは知らないけど、もし気になるなら面会に行かれるかな、と思って。

私の家の近所に住んでる、Aさんとは義理の親族(配偶者の親族)にもそれとなく犬の散歩中に「最近具合悪くて……」と伝えておくつもり。こちらも気になるなら……以下同文。

喪服準備OK。というか、近所で先月お葬式あったからクリーニングに預けてあったのを引き取って来た。

現金はできるだけギリギリまで触りたくない。が、そうも言っていられないから、明日にでも用意しておく。

必要な連絡先を手帳に書き写し、同じ物をスマホにも入れた。

その時になったら多分焦ってあわあわするから、行動予定表を作った。途中まで。

 

あと何かやっておくことはあったかなぁ。

 

その時を待ってるみたいで嫌だな、と思ったけど、実際その時を待ってる“内なる自分”もいるわけで……。

あぁ、だからAさんは私には反応してくれないんかな、とちょっと考えて凹んでみたり。

 

今朝、一緒に暮らしてる姪が「歯が次々抜ける夢みて怖かった」と言ってた。

おいおいおいー。

一本じゃなくて次々ぃ!?

迷信だと思っても怖いんですが。

 

やっぱ、いよいよなのか……?

 

ターミナル

ターミナル:終着、終末

つい最近聞いて、慌ててグーグル先生にお尋ねした言葉。

 

私は両親を亡くしているので、同じくらいの歳から上の年代の方に、
「じゃあご両親の介護の心配はないね」
と、微妙な返事を貰うことがたまにあります。

まあ、そうだよね。いないのは事実だから。

どちらも病気でしたので、最期は病院でお世話になりました。

 

現在私には、色々な事情が複雑に絡み合ってこんがらがった挙句、
切るに切れなくなった面倒な事情により、お世話している要介護な親戚がいます。

お世話といってもその親戚は介護施設に入所してるし、
私がしてるのは施設との契約や支払、あとたまに面会に行く程度。

あ、それとその親戚の家の様子を見に行ったり、お盆お彼岸お正月などその家の菩提寺に行って「いつもお世話になっております」と挨拶してお墓にお参りもする。

あー、それからその親戚の家の近所を回って挨拶もするかな。
一度、ちょっと離れた所にあるセカンドハウス(?)的な小屋(目的不明)の敷地内の木や草が酷いことになって、むちゃくちゃ迷惑だったみたいで役所を通じて苦情を貰ってしまったから。(これは本当にびびった。速攻で業者頼んで刈りまくって貰った)

本人のことは施設の方にお任せし(丸投げともいう)、私はそれ以外で動いている、というかんじ。

 

成年後見人制度ってご存知ですか?

自己判断ができない、または不安がある方(認知症や障がいや病気などでも)に代わって、本人が不自由なく生活できるよう支援(金銭管理等)をする制度、と私はざっくり認識してますが。

多くは身内(親兄弟子供孫)が裁判所に申し立て後見人になるみたいですが、身内のいない方、身内の方に色々不都合があると判断された方(病気だったり借金あったりとか)の場合は、弁護士さんや司法書士さんが指名されて後見につくそうです。これもざっくりですが。

これをね、つけようと数年頑張ったんです。

何度も相談できるところを探して伺ったり、電話したり、あともうちょっとで! というところまで漕ぎつけたのに、そこからのらりくらりと躱されてしまい、結局制度を利用できないまま今に至ります。

私が後見人になりたいって話じゃなく、第三者の方にお願いしたかったんです。

 

言い方は悪いですが、その親戚と縁を切りたかったんです。

同時に、同じ立場(血縁)の他の親戚に引き取って貰いたいと、何度もお願いしました。

もう無理、と。
限界です、と。

元々母がお世話してたけど、その母が亡くなってしまった。
親身になって下さった親戚もいたけど、その方たちも次々亡くなってしまった。
その方たちの家族は、「先代が勝手にやってたこと。自分たちは関係ないから」と手を引いてしまった。

私の兄と姉は「もしもの時は手伝うつもりだが、実家でのことはお前に任せる」と言うだけで全く宛てにならない。

もうなんなんだお前たちは!!!って、ぶちギレても、何も状況は変わらない。

自分の思い通りに事が運ばない苛立ちを、どこにもぶつけられずイライラモヤモヤしながらこの数年過ごして来ました。

 

先日、施設から連絡がありました。その親戚の具合が悪い、と。

しょっちゅう「熱出した」とか「吐いた」とか連絡は来てたから、多分今回もそれでしょ、と気楽に考えてました。

施設の人は、

「できたら近いうちに来て欲しい。ターミナルケアのことについて、担当医と相談員を交えて話し合いたい」

と……。

翌朝施設に伺うことを約束して電話を切り、私は大慌てでPCに飛びつきました。

 

ターミナル。終点。終末。

つまり、ターミナルケアとは人生の終末のお世話、って感じの意味なのかな。

調べながら震えてました。

調べていくうちに、延命するかしないか、を決めなければならないということが分かりまして……。

介護施設で看取りもやっていることは聞いていましたが、それがどういう意味なのかを理解してない……置かれた状況の面倒さにうんざりしてて、理解する気がなかったのかもしれません。

だから当時は返事ができず、「考えておいて下さい」と言われたような気もする、があんまり覚えてない。

両親の最期は、病気を治そうとして、輸血とか点滴とか人工呼吸器とかいっぱい身体についてて、でも無理で、ドクターや看護師さんが心臓マッサージとかしてて、でもやっぱり無理で……って感じでした。

病気だったのだから。これが両親の身体の限界だったのだから。ドクターや看護師さんは精一杯やって下さったのだから。

そんなことを考えながら、私は両親の死を受け入れました。

 

翌日、施設で予想した通りの話し合いが始まりました。

その親戚は“これから死んでいく人”で、まだ生きてるわけで。

最期をどうしますかって、やっぱ私が決めるのかよ、と気が遠くなりました。

本人が希望を言えるのが一番いい。私はそれに従うだけでいい。でもできない。

担当医の話だと、あんまり時間はない、印象。

相談員の話だと、いつ急変しても可笑しくない、印象。

 

こんなことなら早く誰かに引き取って貰えば良かった。

行政でも遠い親戚でもお世話好きなご近所さんでもいい、誰でもいいから押し付けて、知らん顔していれば良かった。

人の、人生の終わりをどうするかまで決めさせられるなんて、聞いてないし、困る。

困るっていうか嫌だ。

怖い。

全部放り出して逃げ出したい!

 

ってことを頭の中で十回くらいぐちゃぐちゃにかき混ぜてから、「自然にお願いします」と言ってしまいました。

自然に、とは前日調べた中で出て来た言葉で、

“積極的な延命を行わない”

という意味になる。

心臓や呼吸が止まったら、延命措置を行わずそのまま逝かせる、ということ。

同意書にサインする時は流石に手が震えました。

それを見ていた相談員さんが、

「もしも考えが変わったら、直前でも対応しますから、安心してね」

とおっしゃってくれたが、そういうことじゃないんだよー。

 人の、最期だよ?

それをこうしますああしますって、私が決めて、サインしたんだよ?

もちろん今すぐどうのこうのって話じゃないんだろうけどさ。

例えば……点滴まだ打てるのに止める、とか、酸素マスク外す、とか。

その人の最期を私が決めてしまったことが、怖い。めちゃくちゃ怖いんだって!

 

その話し合いの後、面会。

詰所の横の、いつでも数歩で行ける距離にいました。

相談員さんが「先に話しましょう」と言ってくれなかったら、たぶん決断出来なかったかもしれない……。

弱ってるなーって、お盆前に面会した時も思ったけど、親戚はその時以上に弱ってた。

脳梗塞で倒れて認知症になって、他は特に病気もなく。

三年前は介助なしでがつがつごはん食べてた人。

去年、噎せが増えたからってごはんがとろとろのお粥になって、おかずも刻み、それからミキサー食っていうのになって、それでもほとんど残さず平らげてた人。

今年の春、高栄養ゼリーに変えましたって連絡貰って、「ゼリーで生きていけるん?」て驚いたけど、つい最近までそれで過ごして来た人。

時々熱を出して肺炎になってを繰り返し、連絡貰うたびに(またか……)と思ってました。

具合が悪いと聞けば面会を増やし、良くなれば少しずつ足が遠のき。

決して、私は親身になってお世話してるわけじゃない。

嫌々やってるし、介護施設に入所してくれてて助かったーが、本音中の本音だし。

だけども、弱ってゼイゼイ肩で息をするその親戚の姿を見て、怖くて、申し訳ないなってちょっと……いや結構思ってしまって、なのに看護師さんは「足にチアノーゼが出てます」とか言って衝撃的にも程がある状態の足見せられて、頼むから勘弁してよと言いたいのを我慢して、お世話になってます、皆さんには本当に感謝してますって頭下げて、もうホントになんで私なんだって腹も立ったし、苦しいし、けどそんなこと本人の隣で言えないし、ベッド柵にしがみ付いて泣くしかできない自分の偽善者っぷりがもうね、ホントきつかった。

 

自宅に帰り泣き泣き姉に電話したら、姉は次の日面会に行ったらしい。

 

姉:「なんかさー、全然元気だったよ? 目開けてこっちみて、なんか言おうとしてたしさー」

私:「……はぁ!?」

 

え、どういうこと……?

今年は何度面会に行っても寝てるか、目を開けてても反応なかったのに?

もしかして、私、その親戚に嫌われてる……?

ほんと、誰かに押し付けてしまいたいぃぃぃ!!!

 

※長文失礼しました。

 

はじめに

世の中には私なんかより、もっと大変な思いをしている方がいると思います。

なのでブログを読んで、「なんだこいつ、ただの甘ちゃんじゃないの」と思われるかもしれません。

 

病気で苦しんでるわけじゃない。

住む家がなくて困ってるわけじゃない。

家族がいなくて寂しいわけじゃない。

お金はいっぱいあるわけじゃないけど、食事出来ないわけじゃない。

 

じゃあ何が大変なのさ?

誰かに訊ねられたら多分こう言います。

 

今の状況が不満なのだよ、と。

 

正直逃げ出したい。全部放り出して、逃げちゃいたい。

しんどい、むちゃくちゃしんどいんだ……。

 抱えに抱えて来た色んなものをぽいっと捨てたら楽になれるのになぁ。

だけどどこかでちょっと息抜きしたいなと思っても、愚痴る相手に気を使ってまたモヤモヤするし……。

 

そんなことを考えてぐるぐるしてるんですよね。

いい加減、疲れました。

なのでちょっとだけ荷物を降ろすつもりでブログに吐いておこうと思います。